“神の真実から人間の信仰へ”ローマの信徒への手紙講解  第38講 「神に対して実を結ぶ」(ローマ7章1~6節)

〔今週の御言葉-私訳と黙想 ローマ7章1~6節 神に対して実を結ぶ〕

1それとも兄弟たち、あなたがたは知らないのですか。律法はその人が生きている間、その人を(主人として)支配するということを。わたしは律法を知っている人々に語ります。2すなわち夫の下にある女は、夫が生きているときは律法によって縛られています。しかしもし夫が死ねば、女は夫の律法から解放されています。3ですからもし女が、夫が生きているときに、他の男のものになれば、姦淫の女と呼ばれるでしょう。しかしもしその夫が死ねば、律法から自由になっている女となり、他の男のものとなっても、姦淫の女ではなくなります。4ですからわたしの兄弟たち、あなたがたもまた、キリストの体によって律法に対して死にました。それはあなたがたが他の男、すなわち死者たちの中から起き上がられた〔よみがえられた〕方のものとなり、わたしたちは神のために実を結ぶようになるためです。5というのは、わたしたちが肉の中にあったときは、律法によって罪の(様々な)欲情が、わたしたちの肢体の中で働き続け、死のために実を結んだからです。6しかし今は、わたしたちが死んだことによって、わたしたちがずっと閉じ込められてきた律法から解かれました。それはわたしたちが文字の古さ〔古い文字〕ではなく、霊の新しさ〔新しい霊〕によって(奴隷として)仕えるようになっているのです。

 

 

パウロは律法と自分たちの関係を、夫婦関係になぞらえて説明します。結婚して夫の支配下に置かれている女性は、夫以外の男性と関係を持てば姦淫の女とされますが、夫が死ねば、その関係は解消されるので他の男性との関係を持っても姦淫の女とはなりません。ここで夫になぞらえられるのが律法です。しかしわたしたちが他の男性、すなわちイエス・キリストのものとなれば、律法との関係は解消されます。そしてこれまでは律法のゆえに様々な欲情が心の中で働いて、死に至るように実を結んできましたが、律法に対して死んだことで律法から解放され、死んだ文字(律法)ではなく、新しい霊によって神に仕える者とされました。ここでは律法(古い文字)と霊とが対比されます。わたしたちは洗礼によってキリストに結びつけられたことによって、キリストと共に、罪に対してまた律法に対して死にました。そこで律法はもはやわたしたちに影響を及ぼすものとはならず、律法に対して自由となり、無関係となりました。「しかし今あなたがたは、罪から解放されて神の奴隷とされ、聖さに至るあなたがたの実を得ています。」そこで「今は聖さに至るように、あなたがたの肢体を義のための奴隷として献げなさい」と勧められました。それは「文字に従う古い生き方ではなく、霊に従う新しい生き方」で神に仕えるということです。「霊の導きに従って歩みなさい。肉の欲望を満足させるようなことはありません。」