“神の真実から人間の信仰へ”ローマの信徒への手紙講解  第29講 「御子の命によって救われる」(ローマ5章6~11節)  

 

〔今週の御言葉-私訳と黙想 ローマ6章1~11節 御子の命によって救われる〕

6キリストはわたしたちが弱かったときに、定められたときに、不敬虔な者たちのために死にました。7義人のために死ぬ人はほとんどいません。善い人のためには、あえて死ぬ人はいるかもしれません。8ところがわたしたちがまだ罪人であったときに、キリストがわたしたちのために死んだことで、神はわたしたちに対する御自分の愛を明らかにしてくださいました。9それで今や、わたしたちは彼(キリスト)の血によって義と認められたのですから、なおさら彼によって(神の)怒りから救われるでしょう。10もしわたしたちが(神の)敵であったとき、彼の子の死によって、和解させてもらったのであるなら、和解させてもらったわたしたちが、なおさら彼の命によって救われるでしょう。11それだけではなく、わたしたちは、わたしたちの主イエス・キリストによって、神を誇っています。彼を通して今、和解を受けたからです。

 

敵と和解することは困難です。ましてやその敵の身代わりとなって死ぬなどということはありうべくもありません。しかしこのありうべくもないことを、神はわたしたちにしてくださったのです。神と敵対して生きているわたしたちのために、しかもまだわたしたちが罪人のまま神に反逆して生きているときに、神はわたしたちの罪を贖うために、御自分の御子をお与えくださり、その御子の上にわたしたちの上に下されるべき罪の罰と裁きを下されたのでした。その罰と裁きがあまりにも重かったために、御子キリストは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫びました。それほど激しい神の怒りと呪いと裁きと罰が、御子の上に下されたのです。そしてこの御子の死のゆえに、罪の贖いが為され、わたしたちはこの御子を信じることで、罪とその呪いと罰から救い出されることになったのでした。そこにあったのが「神の愛」でした。わたしたちが神を愛したのではなくて、神がわたしたちを愛して、罪の贖いと救いを実現してくださいました。神の救いの御業の背後に、わたしたちに対する「神の愛」があるのです。その愛は、御子の十字架において現わされました。わたしたちがキリストの十字架を見上げるとき、神がわたしたちをどれほど愛してくださっているかを知ることができます。今日も神はわたしたちに御自身の愛を示されています。その愛に真摯に愛をもって応えていってください。