〔今週の御言葉 ローマ1章7節b 恵みと平和があるように〕
1パウロ、キリスト・イエスの奴隷、神の福音のために選び分けられて召された使徒(から)。2この福音は、彼(神)が彼の預言者たちを通して、聖書において前もって約束していたもので、3彼の御子に関するもの(です)。肉によっては、ダビデの子孫から生まれ、4聖霊によっては、死者からの復活により、御力をもって神の御子に任命された方、わたしたちの主イエス・キリストです。5この方によって、わたしたちは恵みと使徒の職務を受けました。彼の御名のために、あらゆる異邦人に、信仰による従順をもたらすためです。6それらの人々の中で、あなたがたもまた、イエス・キリストによって召された方々です。7ローマにいる、神に愛されているすべての人々、召された聖徒たち(へ)。わたしたちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安があなたがたに(ありますように)。
ローマ時代の手紙にも書き方、作法というものがあり、まず差出人、次に宛先人、最後に挨拶という順で書き出しました。ここに当てはめると、差出人はパウロ、宛先人はローマの教会、挨拶は「恵みと平和があなたがたに(あるように)」です。一般的には挨拶は、ご機嫌いかがですかという意味で、カイレという言葉が使われました。これはお元気でとか、お幸せにという意味で用いられました。またユダヤ人同士の挨拶はシャローム、平安がありますようにという言葉が使われました。ここでのパウロの挨拶は、この両方を合わせたものとなっています。最初のカイレは、天使ガブリエルがマリアに出会った時に言った挨拶、「おめでとう、恵まれた方、主があなたと共におられます」と同じで、おめでとうとも恵みがありますとも意味するものです。神の恵みがあなたと共にありますようにということです。次はシャロームで、平安、平和がありますようにということですが、この平安は、何事も起こらない中での平穏無事を意味するものではなく、何か大きな問題や困難に直面しても、それによって揺るがされることのない、揺るぎない平安です。大きな問題を前にして、どうしてそのような平安を持つことができるのでしょうか。その秘訣は、神が共にいてくださるからだということです。その恵みと平安とは、父なる神と主イエス・キリストからもたらされるものだからです。だからどんな問題に直面しても、父なる神の恵みと主イエスの平安で満たされて、立ち向かっていくことができるのです。
