“神の真実から人間の信仰へ”ローマの信徒への手紙講解  第5講 「福音のために選び別けられて召された使徒」(ローマ1章1節、その5)

 

 

〔今週の御言葉 ローマ1章1節 福音のために選び別けられて召された使徒〕

1パウロ、キリスト・イエスの奴隷、神の福音のために選び分けられて召された使徒(から)。2この福音は、彼(神)が彼の預言者たちを通して、聖書において前もって約束していたもので、3彼の御子に関するもの(です)。肉によっては、ダビデの子孫から生まれ、4聖霊によっては、死者からの復活により、御力をもって神の御子に任命された方、わたしたちの主イエス・キリストです。5この方によって、わたしたちは恵みと使徒の職務を受けました。彼の御名のために、あらゆる異邦人に、信仰による従順をもたらすためです。6それらの人々の中で、あなたがたもまた、イエス・キリストによって召された方々です。7ローマにいる、神に愛されているすべての人々、召された聖徒たち(へ)。わたしたちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安があなたがたに(ありますように)。

 

 

パウロは自らを「キリスト・イエスの奴隷」と自称すると共に、「使徒」であるとも語りました。使徒とは、本来的な意味は使者のことですが、新約聖書においては洗礼者ヨハネの時から主イエスと寝食と行動を共にし、復活を目撃した証人を指し、イスラエル十二部族になぞらえて十二人と限定されていました。その基準で言えばパウロは地上の主イエスを知らず、その言動を見聞きしたわけではありませんでしたし、十二人に限定される中で、パウロは十三番目に召されたのですから、その意味でも「使徒」と自称することには多くの人たちからの反対がありました。しかしそれでもパウロが自分を「使徒」と述べたのは、事実、彼も復活の主イエスと出会い、そこで主から直接、使徒として召し出されたからでした。そしてパウロは自らを使徒と自称したゆえに、多くの困難に直面しなければなりませんでしたし、多くのものを失うことになりました。しかしそれでも彼は自らをキリストの使徒として、福音を宣べ伝えていったのでした。とりわけ彼は自分が「異邦人のための使徒」であるという自覚を持っていました。そのために「異邦人の光」として、主御自身によって召し出されたのだと。しかしそこで彼が宣べ伝えた、イスラエルの祝福が異邦人にももたらされたとするパウロの福音も、ユダヤ人キリスト者からの反発を招きました。しかし彼は最後まで異邦人の使徒であることを喜び、その使命を果たしていったのでした。