“神の真実から人間の信仰へ”ローマの信徒への手紙講解  第2講:パウロの手紙による牧会(ローマ1章1節、その2)

 

 

 

〔今週の御言葉 ローマ1章1節 パウロの手紙による牧会〕

1パウロ、キリスト・イエスの奴隷、神の福音のために選び分けられて召された使徒(から)。2この福音は、彼(神)が彼の預言者たちを通して、聖書において前もって約束していたもので、3彼の御子に関するもの(です)。肉によっては、ダビデの子孫から生まれ、4聖霊によっては、死者からの復活により、御力をもって神の御子に任命された方、わたしたちの主イエス・キリストです。5この方によって、わたしたちは恵みと使徒の職務を受けました。彼の御名のために、あらゆる異邦人に、信仰による従順をもたらすためです。6それらの人々の中で、あなたがたもまた、イエス・キリストによって召された方々です。7ローマにいる、神に愛されているすべての人々、召された聖徒たち(へ)。わたしたちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたに(ありますように)。

 

新約聖書には多くの手紙が残され、その大半はパウロが書き記したものです。パウロの名による手紙は13通ですが、それがパウロの手紙のすべてだったわけではありません。というのは、失われたパウロの手紙が少なくとも2通あり、一つはラオデキアの教会に宛てて書いた手紙、もう一つはコリントの教会に最初に書いた手紙です。そしておそらくパウロはもっと多くの手紙を色々な教会や個人に宛てて書いたと思われますが、そのいくつかは失われてしまいました。しかし今日残されている手紙からも、パウロが書き送ろうとした事柄は十分に知ることができます。郵便制度が発達していなかった当時、手紙は誰かに託して持参され、その持参者が手紙についての説明もしたようです。パウロは問題が生じた教会に、可能な限りは自分で出向いていきましたが、それが可能でない場合に、手紙という手段で解決を図りました。新約聖書の多くが「手紙」として残されたことには意味があります。それは論文ではありませんし、規則集でもありません。親しい間柄の間で交わされた個人的な文書です。そしてそれは今日の私たちに向けて語りかけられてくる文書でもあります。ですから私たちは、パウロから、いや主から直接自分に向けて書き送られてきた手紙として読んでいくことが大切です。主との深い親密な関係の間柄で取り交わされた手紙として、主からの愛の手紙として、私たちは熱心に読んでいきたいと思います。