〔今週の御言葉-私訳と黙想 フィリピ3章17節~4章1節 私たちの国籍は天にある〕
17わたしを見倣う人々の仲間となってください。兄弟たち、ちょうどあなたがたがわたしたちを模範としているように、そのように歩んでいる人々に目を留めてください。18なぜなら、多くの者たちがキリストの十字架の敵として歩んでいるからです。(そのことを)わたしは何度もあなたがたに言いましたし、今も泣きながらわたしは言っています。19彼らの最後は滅びです。(彼らの)神は(自分の)腹であり、その栄光は彼らの恥の中にあります。彼らは地上のことを思いふけっています。20しかしわたしたちの国籍は天にあります。そしてその天からわたしたちは主イエス・キリストが救い主として来られることを待ち望んでいるのです。21この方は万物を御自身に服従させる御自身の御力によって、わたしたちの卑しいからだを、御自分の栄光のからだとまったく同じ姿に変えてくださいます。4章1ですからわたしの愛する、また慕わしい兄弟たち、わたしの喜び、冠よ。このように主の中に立ち続けてください。愛する方々よ。
パウロはここで「キリストの十字架の敵として歩んでいる」者が多くいると語ります。彼らは未信者ではありません。迫害者でもありません。キリスト者です。しかしキリストに敵対して歩んでいる信仰者たちです。口ではキリストを告白していますが、生活ではキリストを否定しています。彼らの「神は(自分の)腹」、つまり自分を神として生きているのです。キリスト者とは自分の十字架を背負って主に従って生きる人たちです。しかし彼らは十字架を背負うことを拒み、主に従うのではなく自分に従って生きています。自分の思いや願いを中心にして自分のために生きています。彼らにとって神とは自分の願いをかなえてくれる便利な僕にすぎません。彼らの思いは地上のことにあります。地上での幸福や安寧を実現することが彼らの生きる目標です。こうした偽キリスト者は実に多いと言わざるを得ません。真のキリスト者にとって生きる目標は神の国です。なぜならそこに自分の国籍があるからです。本来は御国に所属する者であり、この地上はその御国に至るための通過点にしかすぎません。御国を目指して生きるのが真のキリスト者です。地上ではどこまでも不完全なままのわたしたちですが、死の時に完全な者に変えられ、復活の時、栄光に輝く体をいただいて完全に聖化された者とされていきます。その時を目指して今を生きています。地上のものには目もくれず、ひたむきに御国を目指して歩んでいきましょう。
